『冬の草原のエピソード③』
更新日:2022年2月24日

「ガンダン寺仏像」
やはり、最初にモンゴルに行った時のこと。
明日は帰国するという日の夕方、滞在したゲルの主人の義理の弟、バルドルジから私の居るホテルに電話があった。
「もし時間があったら、これからご馳走させてくれ」と。
私は既に帰国の準備は終えていたので、彼の誘いを断る理由はなかった。
彼とは滞在したゲルで2度ほど、いずれもほんの短時間会っただけだった。彼は英語が話せたので、私とは十分コミュニケーションがとれた。それで忘れずにいてくれたのかも知れない。
間もなく彼は車で、奥さんを伴ってやって来た。奥さんはこの冬滞在したゲルの主人の実妹。
私達3人はガンダン寺近くの最高級のレストラン(と私は勝手に思ったのだが)に入った。
ボーズやらホーショルやら、次々にモンゴル料理が運ばれてくる。モンゴル料理をここで食い納めしろ、ということらしい。
専らバルドルジと私は英語で話すが、彼の奥さんは一人黙々と料理を食している。彼が通訳をしないので、奥さんは黙りを決め込んでいるのだ。
私が少しでもモンゴル語が出来れば良かったのだが、1ヶ月以上モンゴルにいて、全く上達していなかった。
通りの向こうがガンダン寺ということもあり、話題はその中に建立されている、巨大な仏像のことになった。
東洋で最も背の高い仏像だ、と言って、バルドルジは私に書くものはないかと問う。私は常に携帯しているメモ帳とボールペンを渡した。
彼は、さも自慢気にメモ帳に大きく26mと書いた。そして「日本にこれより高い仏像はあるか?」と私に訊く。
私はすぐに奈良の大仏を思い浮かべたが、あれはたしか15m位だったはずだ。鎌倉の大仏はそれよりもっと低い。
私は悔しい思いをしながら、メモ帳に15mと書いた。
すると彼は、どんなもんだい、やっぱり勝った、と露骨にドヤ顔をする。
こういう時に、また私の生来の悪い質、負けん気が顔を出してくる。
そこで、これは反則ワザと重々承知の上
「バルドルジよ、ちょっと待て、この15mは大仏が座っている時の高さだ。この大仏が立ち上がると26mは優に超えるぞ!」
と言って、私は大げさに椅子から立ち上がって見せた。
が、彼はモンゴル語で「テー(そうだな)」と言うなり食事に戻り、それ以上興味を示さなかった。
私の下手な説明で理解できなかったのかも知れないが、もうそんなことはどうでもいいじゃないか、という感じ。
これ以上議論したところで、せっかくの料理が不味くなるだけだと、私も思ったので止めた。
翌日、空港には滞在したゲルの家族が私を見送りに来ていた。その中にバルドルジの姿もあった。
既に家族からたくさんのお土産を貰っていたが、バルドルジからも貰った。外見は絵葉書のセットらしかった。
これは飛行機の中でゆっくり見るとしよう。
私はこの上ない旅の満足感に浸りながら、座席に着いた。
離陸すると、早速バルドルジの贈り物を開けてみた。やはり全てが絵葉書集で、3セットあった。数枚の絵画の他、写真は全部で10枚くらいあった。
そして、その一枚一枚に目を通していくうちに、私の目は完全に点になった。
どれもこれも、その殆どがガンダン寺の、あの背の高い黄金色に輝く仏像の写真だったのだ。♠
*参考までに、立像の高さで神奈川県の大船観音像は25m、茨城県の牛久大仏は120mあるそうです。