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モンゴルの声、日本語番組に新動きか
「モンゴルの声」日本語番組の音楽番組「ミュージックゲル」で、新たなプレゼンターが登場した可能性がある。 以前インターンとして活動していた人物の可能性もあり、正式スタッフになったのか注目されている。 今後の番組での発表に関心が集まっている。 http://blog.livedoor.jp/swl_information/archives/46886938.html
3月24日読了時間: 1分


AIとアンハバヤルの“渋滞トーク” ウランバートルの道路はなぜ止まるのか
ウランバートルで暮らす人なら、誰でも一度はこう思ったことがあるだろう。「この街の渋滞は、いったいいつ終わるんだ?」 ある日、渋滞の真ん中でハンドルを握っていた市民アンハバヤルさんは、試しにAIにこんな質問を投げかけてみた。「ウランバートルの渋滞、どうしたら減るんだ?」 AIは少しも迷わず、まるで医者が処方箋を書くように答えを並べ始めた。 AIが出した「渋滞の処方箋」 AIによると、ウランバートルの渋滞を本当に減らす方法は大きく5つあるという。 まず一つ目は“第二の都市中心”を作ること。今のウランバートルは、ほとんどの学校、役所、会社、大学が中心部に集中している。だから朝になると市の半分が同じ方向に動き始める。AIは言う。「街を一つの中心ではなく、複数の小さな都市に分けるべきです」 二つ目は 道路ネットワークの改善 。多くの住宅地には高いフェンスがあり、道路が行き止まりになっている。もしこれらをつなげば、交通量は最大30%も改善する可能性があるという。 三つ目は バス優先レーン 。カメラだけではなく、物理的な仕切りを作り、バスが渋滞に巻き込まれない
3月15日読了時間: 8分


大草原、誕生したチンギス・ハン
1206年 ― ひとつになった草原、誕生したチンギス・ハン 風が強く吹く草原。 かつてのモンゴルは、たくさんの遊牧民の部族が分かれて暮らし、互いに争い続けていました。 同じ草原に生きながら、信じられるのは自分の部族だけ。 それが当たり前の時代でした。 そんな中、ひとりの男が静かに力を伸ばしていきます。 彼の名はテムジン。 決して最初から大きな勢力を持っていたわけではありませんでした。 しかしテムジンは、強さだけでなく「仲間をまとめる力」を持っていました。 草原の戦士たちは彼のもとへ集まり、次第に周囲の有力部族までもが服属していきます。 分裂していた草原が、少しずつ一つにまとまり始めました。 そしてついに1206年。 大集会(クリルタイ)が開かれます。 この場でテムジンは、全モンゴルを導く支配者(ハン)として推薦されました。 その瞬間、テムジンは新たな名を名乗ります。 「チンギス・ハン」 草原を統一したその一歩から、後に世界へ大きな影響を与える モンゴル帝国の歴史が始まったのです。
3月3日読了時間: 1分


モンゴル史の不思議「午(うま)年」に動く国家の運命
■ なぜか、午年に歴史が動く モンゴルの歴史をたどっていくと、ふと気づくことがある。 「午年」に、国家の進路を決める出来事が重なっているという事実だ。 モンゴルでは昔から、午年は「хийморь(ヒーモリ)」――気力や運気が高まる年だと語られてきた。 決断が速く、行動が大胆になり、時代が一気に動く。 草原を駆ける馬のように、止まらない勢いが生まれる年。それが午年だ。 だが、これは単なる言い伝えなのだろうか。 🏹 建国も、午年だった 1162年、水の午年。 のちに世界史を変える人物、チンギス・ハン(テムジン)が誕生する。 そして1206年、赤い午年。 オノン川のほとりで開かれた大クリルタイにおいて、テムジンは「チンギス・ハン」として即位。 大モンゴル国が誕生した。 英雄の誕生も、国家の建国も、どちらも午年。 偶然と言い切るには、あまりにも象徴的だ。 🌍 世界を揺らした午年 1222年、黒い午年。 サマルカンドが陥落し、中央アジアは大きく揺れた。 1258年、黄色い午年。 フレグ軍がバグダードを攻略。イスラム世界の中心が崩れ、新しい時代が始まった
2月19日読了時間: 3分


【COLUMN】いま聞かなければ、消えてしまう物語
― 両親の人生を、あなたの言葉で未来へ ― 両親の人生は、待っていても本にはなりません。歴史家が訪ねてきて、記録してくれることもありません。その物語を残せるのは、ただ一人――あなたです。 両親の若い頃のこと。胸に抱いていた夢、うまくいかなかった挑戦、迷い続けた日々、そして人生で最もつらかった時期。それらを最も正確に知っているのは、ほかでもない本人たちです。 しかし、その話を「聞き」「受け止め」「残す」ことができるのは、子どもであるあなたしかいません。あなたが尋ねなければ、その記憶は少しずつ薄れ、やがて誰にも語られないまま消えていきます。 二人はどのように出会い、どんな思いで人生を始め、何のために諦めず歩み続け、子どもたちのために、何を犠牲にしてきたのか。 それを、あなたの代わりに書いてくれる人はいません。ただ、あなたが耳を傾け、その言葉を記録することができるのです。 いつか必ず、「その時に聞いて、書き残しておけばよかった」そう思う日がやってきます。 だから、先延ばしにせず、今日、尋ねてください。声がそばにあり、記憶がまだ鮮やかな今のうちに。...
2月9日読了時間: 1分


『冬の草原のエピソード①』
さすがに今はあまり見なくなったかも知れない。10年位前まではモンゴルのどの家庭にも、これと同種の魔法瓶があった。ほぼ100%の確率であった。 ある朝、ドギーの家族の皆が放牧に行ったあと、旅行者の私はゲルに一人で残っていた。 放牧から帰ってきたドギーはこの時、何度目かのスーティツァー(ミルクティー)を沸かし、私に「ツァーオー」(お茶を飲みなさい)と言って、出来たてを勧める。 そして残ったまだ熱いスーティツァーは、この魔法瓶に詰めて、後で帰って来る夫や不意の客のために備える。 ドギーは退屈そうな私を見て、「これから丘の向こうの友達のゲルに、肉を届けるから一緒に行こう」と誘う。 私は既にこのマイナス30度の寒さには慣れていたので、喜んで彼女に従うことにした。馬で行くと思ったが、徒歩で行くらしい。 ゲルの外はそれほど深くはないが雪が積もっている。そして当然に寒い。 吐く息は白くなるばかりか、氷結して目の周りにこびりつく。 いつの間にか、放牧したはずの牛が2,3頭、ゲルのすぐ側に戻って来ていた。 そして何故か私が、その牛
2月1日読了時間: 3分


ラクダはとても繊細で優しい動物なので、涙を流すこともあります
ラクダの子どもは「ボトゴ」と呼ばれます。ラクダは平均して30〜37年生きる動物です。おとなしい性格で、放牧地に広く散らばって草を食べます。乗用や荷運びにも容易に慣れ、すぐに従順になる性質を持っています。 ラクダは昼夜を問わず遠くの物を見分けることができ、嗅覚も優れているため、井戸や人家の跡などを約30km離れた場所からでも察知できるといわれています。どんな砂漠でも方向感覚を失わない優れた空間認識能力を持つため、遊牧民にとって良き相棒となってきました。 ゴビ砂漠の草木や水にはミネラルが多く含まれるため、ラクダはそれらから塩分を多く摂取します。これにより体内の浸透圧が上がり、水分を蓄える能力が高まります。また、気温が上昇した際、汗をかいて水分を失わないように体温を上げて耐える能力も持っています。こぶの脂肪を分解して水に変えることもできます。 一度に80リットルまで水を飲み、胃に蓄えて数日にわたり少しずつ使うことができます。体内には大量の脂肪を蓄積しており、二つのこぶ以外にも内臓脂肪が80〜100kgに達します。これは約90万キロカロリーに相当するエネ
1月22日読了時間: 2分


モンゴル国:子どもたちはこんな支援地域で暮らしています
ユーラシア大陸に位置する内陸国で、ロシア、中国と接しています。モンゴル人は遊牧民族として有名ですが、牧畜を離れ都市や農村に定住する人々も増えてきています。国土は日本の約4倍です。首都はウランバートル。人口の95%以上がモンゴル人で、モンゴル語が公用語ですが、カザフ語を使用するカザフ人も暮らしています。宗教はチベット仏教とシャーマニズムが主流です。 チャイルド・スポンサーシップにより、地図の★印のついた地域で支援活動を行っています。 2020年度プログラム近況報告を見る ハイラアスト 、 バヤン・ウルギー https://www.worldvision.jp/about/mog.html
1月21日読了時間: 1分


モンゴル国憲法ができるまで|4つの憲法の歴史
モンゴルはこれまで、 1924年・1940年・1960年・1992年 の計4回、憲法を制定してきました。国の形や社会の変化に合わせ、憲法も進化してきたのです。 最初の憲法は 1924年11月26日 に制定され、王政を廃止し「共和国」としての独立を憲法で宣言しました。当時はアメリカや日本など海外の憲法も参考にしながら作られたとされます。 続く 1940年憲法 では人権や生活に関する内容が強まり、労働時間の制限や教育の機会、男女平等なども重視されました。 1960年憲法 は社会主義路線を明確にし、国の体制づくりが大きく進んだ時代の特徴を反映しています。 そして現在の土台となるのが、民主化後に制定された 1992年憲法 です。国民の自由と平等、民主主義を掲げ、現代モンゴルの基本ルールとなりました。 その後も時代に合わせて改正が行われ、特に 2019年の憲法改正 では政府の安定や権力のバランス、地方自治の強化などが進められました。憲法の歴史を知ることは、モンゴルの歩みを知ることでもあります。
1月18日読了時間: 1分
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