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モンゴル史の不思議「午(うま)年」に動く国家の運命
■ なぜか、午年に歴史が動く モンゴルの歴史をたどっていくと、ふと気づくことがある。 「午年」に、国家の進路を決める出来事が重なっているという事実だ。 モンゴルでは昔から、午年は「хийморь(ヒーモリ)」――気力や運気が高まる年だと語られてきた。 決断が速く、行動が大胆になり、時代が一気に動く。 草原を駆ける馬のように、止まらない勢いが生まれる年。それが午年だ。 だが、これは単なる言い伝えなのだろうか。 🏹 建国も、午年だった 1162年、水の午年。 のちに世界史を変える人物、チンギス・ハン(テムジン)が誕生する。 そして1206年、赤い午年。 オノン川のほとりで開かれた大クリルタイにおいて、テムジンは「チンギス・ハン」として即位。 大モンゴル国が誕生した。 英雄の誕生も、国家の建国も、どちらも午年。 偶然と言い切るには、あまりにも象徴的だ。 🌍 世界を揺らした午年 1222年、黒い午年。 サマルカンドが陥落し、中央アジアは大きく揺れた。 1258年、黄色い午年。 フレグ軍がバグダードを攻略。イスラム世界の中心が崩れ、新しい時代が始まった


子どもの感情を否定しないで
―「気持ちを認める子育て」が心を育てる― 「泣くな」「怖がるな」「怒る権利はない」こうした言葉は、知らず知らずのうちに、子どもの心の世界を閉ざしてしまうことがあります。 子どもの感情を無理に押さえつけたり、無視したり、からかったり、強く叱ったりすることは、「あなたの気持ちは大切ではない」と伝えてしまう行為でもあります。 このように育った子どもは、自分の気持ちをうまく表現できず、「自分は間違っているのではないか」と自分を否定しやすくなります。その結果、大人になってから他人に好かれようと過度に努力したり、怒り・恐怖・悲しみを心の中に溜め込んでしまうことも少なくありません。 親がこうした対応をしてしまう背景には、「子どもは大人のように振る舞うべきだ」という古い価値観や、親自身が子どもの頃に感情を認めてもらえなかった経験がある場合も多いのです。その場を「静かに収める」ための行動が、長い目で見ると心に影響を残してしまいます。 大切なのは、感情を認めることと、行動を許すことは別だと理解することです。 言い換えの例 「泣くな」ではなく →「悲しいんだね。何がそ


変形性膝関節症の膝と虫歯がよく似ている理由
―「痛み」は体からの重要なサイン― 変形性膝関節症の膝と虫歯。一見まったく別の病気に思えますが、実はその仕組みや進行の仕方は驚くほどよく似ています。 虫歯は、食べるたびにズキズキと痛み、歯ぐきが赤く腫れてヒリヒリします。時には、食べていなくても突然強い痛みが走ることもあります。 痛みを避けるために反対側の歯で噛み続けると、今度はその歯に負担がかかり、新たなトラブルを引き起こしてしまいます。 膝も同じです。変形性膝関節症の膝は、動かすたびにズキズキと痛み、腫れや炎症を起こします。痛む膝をかばうことで体重が反対側の膝に集中し、結果として両方の膝に炎症が広がることも少なくありません。 虫歯は、放置しても自然に治ることはありません。初期であれば治療で炎症を抑えられますが、進行すれば長期間の根管治療が必要になり、場合によっては抜歯という選択に至ります。 膝も同様です。変形性膝関節症の初期段階であれば、薬物療法やリハビリなどで炎症を抑えることが可能です。しかし、適切な治療のタイミングを逃すと、最終的には手術によって関節を置き換える必要が出てくる場合もあります


【COLUMN】いま聞かなければ、消えてしまう物語
― 両親の人生を、あなたの言葉で未来へ ― 両親の人生は、待っていても本にはなりません。歴史家が訪ねてきて、記録してくれることもありません。その物語を残せるのは、ただ一人――あなたです。 両親の若い頃のこと。胸に抱いていた夢、うまくいかなかった挑戦、迷い続けた日々、そして人生で最もつらかった時期。それらを最も正確に知っているのは、ほかでもない本人たちです。 しかし、その話を「聞き」「受け止め」「残す」ことができるのは、子どもであるあなたしかいません。あなたが尋ねなければ、その記憶は少しずつ薄れ、やがて誰にも語られないまま消えていきます。 二人はどのように出会い、どんな思いで人生を始め、何のために諦めず歩み続け、子どもたちのために、何を犠牲にしてきたのか。 それを、あなたの代わりに書いてくれる人はいません。ただ、あなたが耳を傾け、その言葉を記録することができるのです。 いつか必ず、「その時に聞いて、書き残しておけばよかった」そう思う日がやってきます。 だから、先延ばしにせず、今日、尋ねてください。声がそばにあり、記憶がまだ鮮やかな今のうちに。...


「完璧」である必要はない
人間は誰しも完璧ではない。失敗をしない人間など、この世に存在しない。それでも私たちは、過ちを他人に知られることを恥じ, ひた隠す傾向があります。しかし「人は誰でも失敗する権利がある」という当たり前の事実を受け入れることこそ、無用な苦しみから自分を解放する第一歩となる。 大切なのは、失敗をどう受け止め、次にどう活かすかということだ。自らの誤りを理解し、同じ過ちを繰り返さないよう努 姿勢こそが、成功へとつながる。失敗を成功へと転じることができる人こそ、真に「強い」人である。 また、他者に完璧な姿を見せようとする行動は、往々にしてただの“演技”に過ぎない。他者を支え合い、倒れた人に手を差し伸べ、自分を大切にする方法を分かち合う。そんな関係こそが人を成長させる。完璧ではなくても、自分自身の最良の姿を目指すことができる。 誰しも失敗を恐れ、自分を受け入れることにためらいを感じるものだ。他者を批判する前に、まずは静かに受け止め、寄り添うこと。それが時に最大の支援となる。 もともと人は完璧ではないからこそ、失敗する。だがそれを「人生の試練」と捉え、向き


モンゴル詩人R.チョイノムについて
今日は、近現代モンゴル文学の主要な詩人R.チョイノムの生まれた日です。そこで彼の書いた詩をご紹介します。 レンチニー・チョイノム Renchinii Choinom (1936-1979年) 2月10日に現在のヘンティー県ダルハン郡に生まれる。1961年、処女詩集『青春』を出版。1964年、詩的ロマン 『人間』を出版。1969年、「反国家的扇動および宣伝」の罪で逮捕投獄。 1973年、釈放。1979年、結核のため病死。1990年、名誉回復し国家賞を追加授与されました。 自分で自分に読むための詩 (ぼくは腹が立ってしかたがない) ぼくは腹が立ってしかたがない この幼い年を重ねれば重ねるほど 国の愚かさを見れば見るほど ぼくの怒りは思わず燃え上がる ぼくは怒りをもたずに母から生まれた 男として成人するまで怒りをもたずに生きてきた 凡庸な哲学者でも理解できるほど怒りをもたずに生きてきた でも結局ぼくは憤怒のとりこになってしまった… …同じ時代に育った同世代の人びと 同じ釜の飯を食べた兄弟たち 同じ苦悩を背負った民衆たち 一生涯信じつづけた国家 金箔で塗


モンゴル入りしたことのある有名人-4
ジュリア·ロバーツ。 「プリティウーマン」等に主演した、ハリウッドの大女優。 もともと乗馬が好きな彼女は、モンゴルの馬を体験する為に1999年にモンゴルを訪れた。 その時、数日間だが彼女は遊牧民のゲルに滞在し、彼らと生活を共にした。 そこで過ごす内に、彼女は遊牧民の人情と愛情に完膚無きまでにノックアウトされる。 そして草原を去る時には、彼女の目から涙、涙。 この時の滞在の様子は「モンゴルの馬とジュリア·ロバーツ」というタイトルでドキュメンタリー作品にもなっている。 NHKで放映されたことがあるので、ご覧になった方はけっこういらっしゃると思う。 また改めて観てみたい。


あなたはアーツ(乾燥ヨーグルト)が好きですか?
アーツ(乾燥ヨーグルト)は本当に風味豊かでおいしい乳製品です。家畜のミルクから作られ、ヨーグルトを煮詰めてアーツを作ります。また、このアーツを乾燥させるとアールール(乾燥乳製品)になります。 「搾ったアーツ」とは、アーツをホエイがなくなるまで濾して作られた製品のことで、丸めて冷凍したり、小型家畜(羊・ヤギなど)の胃袋に流し入れて凍らせ、保存する伝統的な方法もあります。 冬になると、人の免疫力が低下し、ウイルスや細菌による風邪・インフルエンザ様の感染症が増加します。そのため、免疫力を高める栄養価の高い食品を摂取することが必要です。私たちの伝統的な食品であるアーツは、免疫力を高め、風邪やインフルエンザを予防するうえで特に重要な役割を果たします。 アーツは肉よりも多くのたんぱく質を含み、乾燥物としては約50%がたんぱく質です。特に「カゼイン」という必須アミノ酸を豊富に含み(細菌などから身体を守るT細胞の生成に関与)、造血作用、抵抗力の向上、有害物質の中和などに役立ちます。 また、ビタミンC、A、B1、B2、E、PP、カルシウム、リンなどのミネラルも含ま


『冬の草原のエピソード①』
さすがに今はあまり見なくなったかも知れない。10年位前まではモンゴルのどの家庭にも、これと同種の魔法瓶があった。ほぼ100%の確率であった。 ある朝、ドギーの家族の皆が放牧に行ったあと、旅行者の私はゲルに一人で残っていた。 放牧から帰ってきたドギーはこの時、何度目かのスーティツァー(ミルクティー)を沸かし、私に「ツァーオー」(お茶を飲みなさい)と言って、出来たてを勧める。 そして残ったまだ熱いスーティツァーは、この魔法瓶に詰めて、後で帰って来る夫や不意の客のために備える。 ドギーは退屈そうな私を見て、「これから丘の向こうの友達のゲルに、肉を届けるから一緒に行こう」と誘う。 私は既にこのマイナス30度の寒さには慣れていたので、喜んで彼女に従うことにした。馬で行くと思ったが、徒歩で行くらしい。 ゲルの外はそれほど深くはないが雪が積もっている。そして当然に寒い。 吐く息は白くなるばかりか、氷結して目の周りにこびりつく。 いつの間にか、放牧したはずの牛が2,3頭、ゲルのすぐ側に戻って来ていた。 そして何故か私が、その牛


ラクダはとても繊細で優しい動物なので、涙を流すこともあります
ラクダの子どもは「ボトゴ」と呼ばれます。ラクダは平均して30〜37年生きる動物です。おとなしい性格で、放牧地に広く散らばって草を食べます。乗用や荷運びにも容易に慣れ、すぐに従順になる性質を持っています。 ラクダは昼夜を問わず遠くの物を見分けることができ、嗅覚も優れているため、井戸や人家の跡などを約30km離れた場所からでも察知できるといわれています。どんな砂漠でも方向感覚を失わない優れた空間認識能力を持つため、遊牧民にとって良き相棒となってきました。 ゴビ砂漠の草木や水にはミネラルが多く含まれるため、ラクダはそれらから塩分を多く摂取します。これにより体内の浸透圧が上がり、水分を蓄える能力が高まります。また、気温が上昇した際、汗をかいて水分を失わないように体温を上げて耐える能力も持っています。こぶの脂肪を分解して水に変えることもできます。 一度に80リットルまで水を飲み、胃に蓄えて数日にわたり少しずつ使うことができます。体内には大量の脂肪を蓄積しており、二つのこぶ以外にも内臓脂肪が80〜100kgに達します。これは約90万キロカロリーに相当するエネ


モンゴル入りしたことのある有名人-5
河島英五 日本のフォーク、ニューミュージック系の作詞作曲家&歌手。 2001年に48歳で惜しくも他界したが、「酒と泪と男と女」「時代おくれ」「野風増」等、今でも歌い継がれる楽曲を多数残している。 彼もまた1998年にモンゴルを訪れ、コンサートを行っている。 この時ジョイントしたのが、今ではモンゴルの国民的ロックグループとなったHARANGA。 また河島はこの時、モンゴルからインスピレーションを得て「心の海」という詞を残している。 そして彼の死後、この詞には彼の親友でもある「HARANGA」のメンバー、エンフマンライ氏によって曲が付けられた。 この歌は2003年、NHKのTV番組「みんなのうた」でアジナイホールの歌唱により放送された。 ちなみに「心の海」は河島の集大成といえるCDアルバム「ヒストリー~天夢~」の6枚目に収められている。♠


モンゴル入りしたことのある有名人-3
松任谷由実(まつとうやゆみ)。 ユーミンの愛称で親しまれる作曲家、歌手。 ヒットした楽曲は多数。日本のニューミュージックの草分け的存在でもある。 その彼女は1996年に、ホーミーのマイスターを探しにモンゴルを旅した。 その時の様子はNHKの「松任谷由実モンゴルをゆく~神秘の歌声ホーミーへの旅」というドキュメンタリー番組で紹介された。 ユーミンの声の響きとホーミーのそれとは、近いものがあるという指摘もある。 音だけではなく、彼女は心の中でもホーミーに深く共鳴する何かを感じて、モンゴルを旅したに違いない。


モンゴル国:子どもたちはこんな支援地域で暮らしています
ユーラシア大陸に位置する内陸国で、ロシア、中国と接しています。モンゴル人は遊牧民族として有名ですが、牧畜を離れ都市や農村に定住する人々も増えてきています。国土は日本の約4倍です。首都はウランバートル。人口の95%以上がモンゴル人で、モンゴル語が公用語ですが、カザフ語を使用するカザフ人も暮らしています。宗教はチベット仏教とシャーマニズムが主流です。 チャイルド・スポンサーシップにより、地図の★印のついた地域で支援活動を行っています。 2020年度プログラム近況報告を見る ハイラアスト 、 バヤン・ウルギー https://www.worldvision.jp/about/mog.html


大草原、誕生したチンギス・ハン
1206年 ― ひとつになった草原、誕生したチンギス・ハン 風が強く吹く草原。 かつてのモンゴルは、たくさんの遊牧民の部族が分かれて暮らし、互いに争い続けていました。 同じ草原に生きながら、信じられるのは自分の部族だけ。 それが当たり前の時代でした。 そんな中、ひとりの男が静かに力を伸ばしていきます。 彼の名はテムジン。 決して最初から大きな勢力を持っていたわけではありませんでした。 しかしテムジンは、強さだけでなく「仲間をまとめる力」を持っていました。 草原の戦士たちは彼のもとへ集まり、次第に周囲の有力部族までもが服属していきます。 分裂していた草原が、少しずつ一つにまとまり始めました。 そしてついに1206年。 大集会(クリルタイ)が開かれます。 この場でテムジンは、全モンゴルを導く支配者(ハン)として推薦されました。 その瞬間、テムジンは新たな名を名乗ります。 「チンギス・ハン」 草原を統一したその一歩から、後に世界へ大きな影響を与える モンゴル帝国の歴史が始まったのです。


モンゴル旅行の素晴らしい思い出を共有しよう!
みなさん、こんにちは! モンゴル旅行の経験がある方々、素晴らしい思い出を共有しませんか?モンゴルは、広大な大自然、美しい景色、そして独特の文化が魅力の国です。そこでの素敵な瞬間や感動的なエピソードを、ぜひみなさんと共有したいと思います。 あなたのモンゴル旅行での思い出、こんなことがありましたか? - 広がる大草原を馬に乗って駆け抜ける体験 - ゲルでの伝統的な生活体験 - ウランバートルの活気ある市場や街並みの散策 - ゴビ砂漠での星空観測 - ホスピタリティ溢れる現地の人々との交流 - 美しいモンゴル料理の味わい もちろん、上記に限らず、どんな思い出でも大歓迎です!写真やエピソードをお寄せいただければ、みんなで楽しく共有しましょう。 投稿いただいた思い出は、モンゴル旅行に興味を持つ他の方々にとっても、素晴らしいインスピレーションとなることでしょう。ぜひ、あなたの貴重な経験をお聞かせください! みなさんの投稿をお待ちしています。どうぞよろしくお願いいたします! お問い合わせ walkermongolia@gmail.com


モンゴル国憲法ができるまで|4つの憲法の歴史
モンゴルはこれまで、 1924年・1940年・1960年・1992年 の計4回、憲法を制定してきました。国の形や社会の変化に合わせ、憲法も進化してきたのです。 最初の憲法は 1924年11月26日 に制定され、王政を廃止し「共和国」としての独立を憲法で宣言しました。当時はアメリカや日本など海外の憲法も参考にしながら作られたとされます。 続く 1940年憲法 では人権や生活に関する内容が強まり、労働時間の制限や教育の機会、男女平等なども重視されました。 1960年憲法 は社会主義路線を明確にし、国の体制づくりが大きく進んだ時代の特徴を反映しています。 そして現在の土台となるのが、民主化後に制定された 1992年憲法 です。国民の自由と平等、民主主義を掲げ、現代モンゴルの基本ルールとなりました。 その後も時代に合わせて改正が行われ、特に 2019年の憲法改正 では政府の安定や権力のバランス、地方自治の強化などが進められました。憲法の歴史を知ることは、モンゴルの歩みを知ることでもあります。


人生は美しい。
幸福(ウェルビーイング)とは、欠乏や不安がなく、家族や友人との良好な関係、感情面・身体面の健康が保たれている、つまり人の「存在そのもの」に関わる状態を意味します。 「幸福とは何か?」という問いは、哲学における最も古い質問の一つです。これはさまざまな形で問われ続けてきましたが、「人はどのように生きるべきか?」「良く生きるとはどういうことか?」という質問と本質的には同じ意味を持っています。結局のところ、すべての人は良い人生を望み、「悪い人生」を願う者はいません。 では、 幸福とはごく日常的な概念 です。人は人生の良さを「幸福」という言葉で表現し、祝いの場では互いに「幸せ」を願い合います。 けれども、幸福の形や基準は人それぞれ違います。 ある人は「多くのお金を持つこと」を幸福だと考えます。確かに生活のためにはお金が必要です。しかし、毎日四六時中お金のことだけを考え、どんな手段を使ってでも稼ごうとしている人を、私は幸福だとは思いません。多くの財産を手にしても、それを本当に必要なことに使わず、他人に見せびらかして嫉妬を煽るように浪費する人は、幸せそうには見


ツァガーン・スワルガは本当に素晴らしい場所です。
ドルンゴビ県にある、国内外の旅行者の心を惹きつける独特で美しい自然景観の一つが「ツァガーン・スワルガ(白い仏塔)」です。ゴビ地方のみならず、モンゴルを世界に誇らせるほどの絶景であり、ドルンゴビ県の「九つの驚異」の一つとされています。 ここは大ゴビの美を象徴する粘土質の断崖であり、太古の海岸線の名残ともいえる壮大な自然の造形です。 ツァガーン・スワルガはオルジート村の領域内、県都から南へ156kmの場所にあります。普通の山や丘であればどの方向からも目にできますが、ツァガーン・スワルガはそうではありません。 南側からは平らな地形が続いた後、突然断崖が現れます。西側から緩やかな丘陵を登り、東の方へ目を向けると、今まで見たことのないような壮大な景色が広がります。 かつて海底にあった泥や粘土層が、風による浸食で現在の形になったといわれています。断崖の高さは約60メートル、幅は約400メートルにわたって続き、ほぼ垂直に切り立っています。 遠くから見ると、ツァガーン・スワルガはまるで古代都市の遺跡や城壁がそびえ立つように見えます。ここで日の出を眺めると、色とり


ジュリア・ロバーツは最近、「なぜ、多くの同世代のアーティストたちが若く見えることを望む中で、自分は“老けて見える”のか」について語りました。
私は名誉を持って、楽しく、穏やかに歳を重ねています。 私はフェイスリフト(皮膚を引き上げる手術)も、ボトックスもしていません。 ハリウッドの基準からすれば、自分のキャリアを危険にさらしていることは分かっています。 もし“老けて見えるから”という理由で役をもらえなくなったとしても、 私はプロデューサーとして、起用したい人を自分で選べるということです。 この仕事をあまり深刻に考えすぎる必要はありません。 私は、生活のために必死で働いている多くの母親たちを知っています。 彼女たちは、どんなに大変な状況でも美しく見える、素晴らしい女性たちで、 私は彼女たちに心から敬意を抱いています。 正直に言えば、私には別の“恐れ”があります。 それは、子どもたちを、悪意を持って利用しようとする誰かから守れなくなるのではないか、という恐れです。 私にとって、健康でいること、家族を幸せにすることが最も重要です。 私は幸運な人間であり、持っているすべてのものに感謝しています。 夫にも、子どもたちにも、毎日感謝しています。 だから、私にとって「一日の一番大切な時間」は、 撮影


世界を魅了するモンゴルの身体芸術家 ― エルヘムバータル・ラグワオチル
近ごろ、ネット番組 「Physical Asia」 で圧倒的な存在感を放ち、一躍話題となったモンゴル人パフォーマーがいる。名前は エルヘムバータル・ラグワオチル。サーカス芸、アクロバット、そしてフィットネスの世界を自在に行き来し、鍛え上げられた身体と静かな集中力で観客を魅了してきた人物だ。 ラグワオチルが柔軟芸の道に入ったのは、わずか九歳の頃。子どもながらに驚くほどのバランス感覚と持久力を備え、その才能はすぐに周囲を唸らせたという。サーカスの技は、一瞬の油断が大けがにつながる極めて厳しい世界。彼自身も「少しのミスが命取りになる」と話す。しかし同時に、「この仕事は心から愛している」と穏やかに微笑む。その言葉には、長年の鍛錬の積み重ねだけが与える静かな説得力がある。 競技者としての彼の実績も輝かしい。 2021年、ウズベキスタンで開催された WBPF 世界大会では、メンズフィットネス部門で金メダルを獲得。さらに国内大会「Mister Mongolia」での優勝、2022年ブダペストの国際サーカスフェスティバルでの特別賞、2024年モンテカルロ国際サー
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