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モンゴルの「運気が開く日」とは?春に訪れる特別な日「ハンシュ開き」をやさしく解説
モンゴルには、日本のお正月や節目の日のように、「新しい運気が始まる」とされる特別な日があります。それが「ハンシュ開きの日」です。春の訪れとともに自然が目覚めるこの日は、1年の流れを良くする大切なタイミングと考えられています。 モンゴルの「運気が開く日」とは?春に訪れる特別な日「ハンシュ開き」をやさしく解説 ハンシュ開きとは? モンゴルでは春になると、大地が凍結から解け、自然が動き出す日があります。 この日を「ハンシュ開き」と呼び、新しい運気がスタートする日と考えられています。 日本でいうと、「新年」や「立春」のような意味合いに近い特別な日です。 2026年は、4月5日がその日にあたります。 なぜ大切なのか? 「ハンシュ」という言葉には、「良い流れ」「縁起がいい」という意味があります。 モンゴルではこの日、その日にしたことや考えたことが、これからの運気に影響すると信じられています。つまり、この日は「1年の流れを決める日」とも言えます。 この日におすすめの過ごし方 日本人にも取り入れやすい習慣としては、・部屋を掃除して気持ちをリセットする(=大掃除に
4月6日読了時間: 2分


1910年フレーで発生したモンゴル人と中国人の衝突|独立運動前夜の緊張
1910年、現在のウランバートル(当時フレー)で、モンゴルの僧侶と中国商人の間に大規模な衝突が発生しました。この事件は、後の1911年モンゴル独立運動へとつながる社会不安の象徴的な出来事とされています。 1910年フレーで発生したモンゴル人と中国人の衝突|独立運動前夜の緊張 1910年、現在のウランバートル(当時フレー)において、モンゴルの僧侶と中国商人の間で大規模な衝突が発生しました。この出来事は、単なるトラブルではなく、後の1911年モンゴル独立運動へとつながる社会的緊張を象徴する重要な事件の一つとされています。 発端は、モンゴル人僧侶と中国商店の従業員との間で起きた口論でした。1910年3月26日、両者の小さな争いはやがて暴力へと発展し、中国側の警備兵が僧侶を拘束しようとしたことで、周囲のモンゴル人たちが強く反発。現場は瞬く間に混乱状態となり、衝突は拡大していきました。 当時のフレーでは、モンゴル人と中国商人の間にすでに緊張関係が存在していました。清朝の支配が続く中で、中国商人たちは北京から護衛を呼び寄せ、独自の警備組織を持つようになってい
3月29日読了時間: 3分


モンゴルで特別な日になった「3月8日」―女性への感謝と社会の変化を映す一日
毎年3月8日になると、モンゴルの街は少し特別な雰囲気に包まれる。花屋には色とりどりの花が並び、男性たちが花束を手に家族や恋人、同僚のためにプレゼントを選ぶ姿があちこちで見られる。レストランやカフェは予約でいっぱいになり、職場や学校でも女性を祝う小さなイベントが開かれることが多い。この日、モンゴルでは多くの人が「女性に感謝する日」として3月8日を大切にしている。 もともと国際女性デーは、女性の権利や社会的地位の向上を求める運動から始まった記念日だ。20世紀初め、労働環境の改善や選挙権を求める女性たちの運動が世界各地で広がり、その流れの中でこの日が生まれた。モンゴルにこの文化が広く広まったのは、社会主義時代の影響が大きいと言われている。当時、女性の社会参加や労働の重要性が強調され、女性を称える日として3月8日が公式に祝われるようになった。 現在のモンゴルでは、この日は祝日となっており、多くの家庭で特別な時間が過ごされる。朝から夫や子どもたちが母親に花を贈ったり、家族で食事に出かけたりすることも珍しくない。職場では男性社員が女性社員にチョコレートや花を
3月15日読了時間: 3分


モンゴル詩人R.チョイノムについて
今日は、近現代モンゴル文学の主要な詩人R.チョイノムの生まれた日です。そこで彼の書いた詩をご紹介します。 レンチニー・チョイノム Renchinii Choinom (1936-1979年) 2月10日に現在のヘンティー県ダルハン郡に生まれる。1961年、処女詩集『青春』を出版。1964年、詩的ロマン 『人間』を出版。1969年、「反国家的扇動および宣伝」の罪で逮捕投獄。 1973年、釈放。1979年、結核のため病死。1990年、名誉回復し国家賞を追加授与されました。 自分で自分に読むための詩 (ぼくは腹が立ってしかたがない) ぼくは腹が立ってしかたがない この幼い年を重ねれば重ねるほど 国の愚かさを見れば見るほど ぼくの怒りは思わず燃え上がる ぼくは怒りをもたずに母から生まれた 男として成人するまで怒りをもたずに生きてきた 凡庸な哲学者でも理解できるほど怒りをもたずに生きてきた でも結局ぼくは憤怒のとりこになってしまった… …同じ時代に育った同世代の人びと 同じ釜の飯を食べた兄弟たち 同じ苦悩を背負った民衆たち 一生涯信じつづけた国家 金箔で塗
3月1日読了時間: 2分


モンゴル入りしたことのある有名人-4
ジュリア·ロバーツ。 「プリティウーマン」等に主演した、ハリウッドの大女優。 もともと乗馬が好きな彼女は、モンゴルの馬を体験する為に1999年にモンゴルを訪れた。 その時、数日間だが彼女は遊牧民のゲルに滞在し、彼らと生活を共にした。 そこで過ごす内に、彼女は遊牧民の人情と愛情に完膚無きまでにノックアウトされる。 そして草原を去る時には、彼女の目から涙、涙。 この時の滞在の様子は「モンゴルの馬とジュリア·ロバーツ」というタイトルでドキュメンタリー作品にもなっている。 NHKで放映されたことがあるので、ご覧になった方はけっこういらっしゃると思う。 また改めて観てみたい。
2月2日読了時間: 1分


モンゴル入りしたことのある有名人-5
河島英五 日本のフォーク、ニューミュージック系の作詞作曲家&歌手。 2001年に48歳で惜しくも他界したが、「酒と泪と男と女」「時代おくれ」「野風増」等、今でも歌い継がれる楽曲を多数残している。 彼もまた1998年にモンゴルを訪れ、コンサートを行っている。 この時ジョイントしたのが、今ではモンゴルの国民的ロックグループとなったHARANGA。 また河島はこの時、モンゴルからインスピレーションを得て「心の海」という詞を残している。 そして彼の死後、この詞には彼の親友でもある「HARANGA」のメンバー、エンフマンライ氏によって曲が付けられた。 この歌は2003年、NHKのTV番組「みんなのうた」でアジナイホールの歌唱により放送された。 ちなみに「心の海」は河島の集大成といえるCDアルバム「ヒストリー~天夢~」の6枚目に収められている。♠
1月20日読了時間: 1分


モンゴル入りしたことのある有名人-3
松任谷由実(まつとうやゆみ)。 ユーミンの愛称で親しまれる作曲家、歌手。 ヒットした楽曲は多数。日本のニューミュージックの草分け的存在でもある。 その彼女は1996年に、ホーミーのマイスターを探しにモンゴルを旅した。 その時の様子はNHKの「松任谷由実モンゴルをゆく~神秘の歌声ホーミーへの旅」というドキュメンタリー番組で紹介された。 ユーミンの声の響きとホーミーのそれとは、近いものがあるという指摘もある。 音だけではなく、彼女は心の中でもホーミーに深く共鳴する何かを感じて、モンゴルを旅したに違いない。
1月19日読了時間: 1分


モンゴル入りしたことのある内外の有名人-1
以前モンゴル人の血を引くハリウッドスターという内容で、スティーブン·セガールを紹介したことがありますが、今回は現在の彼の妻エルデネトヤ·バツフさんについて。 2001年にセガールが映画の仕事でモンゴルに来た時に知り合い、2009年にセガールと結婚。 二人の間には、同年にできた息子クンザン·セガールがいる。 また2019年には、セガールの映画「沈黙の終焉」に出演し、ハリウッドデビューも果たしている。 現在、ご家族はアメリカに住んでいるそうです。 *詳しくは写真をクリック
1月11日読了時間: 1分


モンゴル入りしたことのある内外の有名人-2
明石家さんま。誰もがご存知の日本のお笑い芸人、タレント。 彼は芸能人の中でも、いち早くモンゴルに目を付け、1995年にモンゴルを訪問、滞在している。 その時の様子は、テレビ朝日の番組『明石家さんま超世界紀行』で紹介されている。 また帰国して間もなく、タモリのテレビ番組『笑っていいとも』にも出演し、モンゴルのことを語っている。 また18年後、さんまさんはモンゴル滞在当時に一緒に過ごしたバギー少年(当時10才)と日本で再会を果しました。その時の様子はTBSの彼の番組『さんまのカラクリTV』でご覧になった方もいるかと思います。 それからまた9年、今ごろバギーさんはどうしているかな?
1月9日読了時間: 1分
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